翻訳家になる夢を潰された思い出

英語を日本語に翻訳するときというのは色々な場面があります。
演説や会議の同時通訳、会話を成立させるための通訳、また英語の文献を日本語の文献にするための翻訳など、必要とされる日本語のスキルも場面によって変わってきます。
特に、英語の小説や歌詞、映画の台詞に字幕を付けるための翻訳の場合、言葉の意味だけを取ってみると元の文章とはかなり違った物になっているものも時々あります。英語の作品を翻訳する場合、ただ意味がわかれば良いというわけではありません。その作品の持つ雰囲気、その作者の作風などを伝えることも含めて翻訳なのです。
日本語しか解さない読者や観客は、その翻訳者が作り上げた日本語をヒントに、元々の英語の作品の意図を読むことになるのですから、翻訳者は色々な英語の作品の世界観を読み取る英語力と、どんな作風であってもそれに沿った日本語に書き上げる日本語のスキルを併せ持っていなければならないことになります。
英語作品の翻訳は、英語も日本語も高度に習熟していなければできない仕事なのです。私は、高校時代に、翻訳家になる夢を潰された事があります。
元々、私が翻訳家に憧れるようになったきっかけは、高校2年の時に受けていた英語のリーディングの授業でした。授業の予習で、よく教科書に掲載されていた英文を訳していたのですが、最初の頃は、中学校で習った英文法のルールに従い、とにかく直訳するだけでした。
しかし、次第に、「私達は、普段、この直訳の通りに喋るものだろうか、いや、全然そんな事はない。もっと自然な日本語に訳してもいいのではないか?」と考えるようになり、意訳にこだわるようになりました。
それから1年後、私は高校3年になり、大学受験を間近に控えた2学期の終わり頃に、受験先を決める三者面談がありました。私は、翻訳家になる夢があり、高校を卒業したら、大学でもっと英語を勉強したい旨を担任の先生に伝えました。
すると、何かいいアドバイスをくださるのかと思いきや、なんと、とんでもない事に、先生から反対されてしまいました。しかも、その理由に、私は非常に大きなショックを受けました。
「貴女には、翻訳の仕事をくれる知り合いがいないから無理だ。先生なら、知り合いからドイツ語の翻訳の仕事をもらっているから、いいんだけど。」
なぜ、私の身の回りに、翻訳業界に明るい人が全くいない事を責められなければならないのか。当時高校生だった私一人の力ではどうにもできない事で、無力感を覚えました。ここまで言われたら、翻訳家になる夢を諦めるしかありませんでした。